目次
設計を始める前のこと
敷地は仙台市中心部に近い古くからある住宅地である。少し前までは、ある企業の社宅が建っており、それが取り壊されて、この並びの十数軒が宅地として販売されたのである。転勤族であるクライアントは、以前、この社宅に住んでおり、この土地に愛着があるためにこの敷地を購入した。
敷地は緩やかな南斜面の中腹に位置しており、(以前住んでいた経験から)2階に上ると遠く海までが臨めることをクライアントは御存知であった。道路は敷地の北側に接しており、西側と東側の両隣は同じく販売された宅地である。また、南側の隣地(1.8mほど当敷地より下っている)の所有者はクライアントの知り合いであり、この敷地を所有しているものの当分の間は何も手をつけるつもりはない、とのことである。その南隣地の更に南側には道路を挟んで中学校の広い校庭が広がっている。ここに若い御夫婦とそのこどもたち(男の子ふたり)が住むことになる。
作業を振り返る前に
敷地の南側を見る。
一段下がって隣地があり、その向こうに中学校の
校庭がある。見える高木は中学校校庭のもの
今回のこの記録は、平面図を元にわたしたちがたどった足跡を振り返ることにする。というのは、残念なことに、わたしたちの事務所の引越しを経て、スタディ模型の殆どが紛失してしまったからである。
また、今回の作業を振り返ってみると、(同業者には当然だが)「配置計画」も「平面計画」も「かたち」も、すべてひとつに集約・統合されて、扱われるべきことであり、不可分のものであるということである。分析をする上で理解しやすいように、様々な「縦割り」の仕方で検討されるが、結局「ひとつの全体性」として扱われるべきことだと思う。
上に挙げたどれかひとつが上手くいっていないときには、何故だか「しっくりこない」ものだし、「しっくりこない」ものを無理やり何処かでつじつまを合わせようと頑張っても、結果としては上手くいかない。そして最後に答えに辿り着いたあとになって振り返ってみれば、何が原因でどう上手くいっていなかったか、すべて手に取るように分かる。
今回の作業のような「地面をひたすらに真っ直ぐ、真下に掘り下げてゆくような作業」によって探し当てる建築を、わたしたちがいつも作っているわけではないし、また、いつもそれを追い求めているわけではない。また、もうひとつ言い添えれば、ひとの幸せや嗜好には無限の数の正解があるのと同じように、「建築」や「住宅」にも無数の正解があり、またもしくは、正解などどこにも無い。この敷地の状況とそこから派生する条件、クライアントの希望が、理路整然としたロジカルな答えの導き方を必要としたに過ぎない。
敷地から北側を見る。
この住宅の場合には「配置計画」「平面計画」「かたちの問題」が上手く整合性を持った途端にすべてが決まっていったように思える。「外部の仕上げ」や「内部の仕上げ」に至るまで、最初の答えを紐解いてゆけば、すべて答えが用意されていたような気がする。それらはひとつの大きな「論理の束」であるが故に、わたしたちは何の恣意性も持つことなく掘り起こし、クライアントにプレゼンテーションをし、ひとつの「大きなうねり」を形作っているが故に、クライアントにもすんなりと理解していただいたのではないかと思っている。とは言え、クライアントには大変な御心労をお掛けした。
これ以下に掲げる図面は、実際に手掛けた中のごくごく一部であり、作ったスタディ模型の数はそのまた数倍には、なると思う。また、これらの図面のすべてをクライアントにお見せしたわけではない。わたしたちの辿った流れが追い易いように図面をピックアップしている。
配置計画と平面計画の検討
最初のプレゼンテーション
「2階にリビングを配置して、大きく眺望を取り込む」という計画の骨格はクライアントの第一の要望であった。
敷地の制約からの関係上、そうなれば、自ずから寝室や子供部屋、クローゼットといった諸室は1階に配置することになる。風呂場や脱衣場はどちらに置いても構わないが、ゾーニング(諸室に大まかなグルーピングを行い、それぞれの大きな関係性が妥当であるかどうかを検討すること)としては、寝室やクローゼットに近いのではないかと考え、1階に配置した。それが以下の平面図である。この案を元に平面図と模型をまとめ、第一案としてプレゼンテーションを行った。
敷地は北側(図面右側)にて道路と接している。図面左側が南。こちら側に眺望が開けている。
敷地が南北に長い長方形であり、東西には隣家が接しているため、2階のリビングをオープンなつくりにしようとすれば、どうしても「筒状の空間」にならざるを得ない。そうやって、東西(左右)の「近景」から縁を切っておいて、緩やかな斜面の下の「遠景」を取り込むのである。この2階のリビングのイメージは最初からほとんど変わっていない。
また、1階から2階へ向かっての階段を大きくゆったりと確保しているが、設計当初からわたしたちは「2階リビングの接地性」を感じていた。2階にリビングを設ける際には、接地性は諦めるのが通常であると思われる。しかし、わたしたちはそれにこだわっていた。
2階から階段を下りれば、そのまま庭に出ることが出来る、といったイメージである。
「しっくりこない感じ」
(何度かの)プレゼンテーションを行い、クライアントにも概ね気に入って頂いていた。が、わたしたちの中に「もうひとつしっくりこない感じ」「もうひとつ越えなければならないものがある感じ」があることは伝えておいた。
下の平面図は、風呂場や、子供部屋等の配置を検討している際の図面である。
郊外の住宅(狭小住宅ではない)であることもあり、風呂場にはきちんと外部空間を寄り添わせてやりたい。ただ現在の案の1階部分には庭に面して風呂場をとってやることが出来ない。何故ならば、庭を南側にとっているからであり、(南北に細長い敷地であるから)その庭に面することの出来る部屋は限られてしまうのである。そうなると、庭に面するのに相応しい部屋は「遊び盛りの子供の部屋」ということに行き着いてしまう。
めぐりめぐって、この頃の案では、風呂場は2階に配置してある。小さなテラスを設けてそこに面して風呂場を配置してあるが、あくまでも苦肉の策であって、良い提案だとは思っていなかった。
わたしたちの「しっくりこない感じ」は何か、というと、はっきりと言葉にはしづらいが、要するに「骨組みとしての論理」がきちんと真っ直ぐに立っていないのである。もっと簡単に言ってしまうと「シンプルでない」とも言える。
このあたりにはさんざんに模型や図面を作っているのだが、迷走している図面らは今見返しても良い気分にはなれない。
到達するべき目標地点のイメージ
この平面図は、いろいろと迷った挙句に「要するに、こういう風にまとまれば、いろいろなことが一気に解決するのではないか」と考えた、言わば「到達するべき平面図の予想図」である。もちろん、これは「スタディ模型」で先ず当たりをつけており、それをなぞって作成した平面図である。
2階のリビングの構成は今までどおりであるが、1階の構成をガラリと変えている。1階のボリュームを敷地の対角線に沿って斜めに配置した。こうすることによって、1階のすべての部屋は庭に面することが出来、様々な問題が一気に解決する。
しかし、「廊下が長すぎる」「2階の接地性が乏しい」「構造的に上手く成立させられるか」等いろいろな問題に出くわし、この案はこれっきり、立ち消えになってしまった。
解決への糸口
上の案は上手く現実的な案に昇華させることが出来なかったが、わたしたちに大きなヒントをもたらしてくれた。というのも、わたしたちが抱えているモヤモヤした「しっくりとこない感じ」の根っこがどこに潜んでいるのかが、次第に分かり始めてきたのである。
要するに、現在の案では、1階の「土地利用計画」に問題があり、その部分をしっかりと整理しない限り、いろいろなことが解決しないのだ。わたしたちは、この敷地をどう利用しようとしているのか? 敷地には2,3台分の駐車場が必要であり、そして風呂場やこども部屋が面するべきプライバシーの度合いの高い庭が必要である。それをどう、この敷地に割り当てるか、結局のところはそれを徹底的に整理し、考え抜く必要があるのだ。この二週間ばかりの間は、その解決策を模索するために費やした。
下の平面図はその一例である。
敷地の中心に、敷地を南北に分断するように建物の1階部分を配置している。そうして三分割された敷地の、道路に面した部分は、駐車場や玄関を配置してひとつのゾーン(パブリックな意味合いの強いゾーン)を形成する。反対側の、南側に残った敷地には、よりプライバシーの高いゾーンとして子供部屋や風呂場をこれに面して配置する。
と、ここまでは理路整然と整理されるのであるが、この案の最大の問題は、1階の内部空間が上手く確保できないことであった。今までの検討を通して、わたしたちは「遠景をリビング内部に取り込んでやること」「2階リビングに適度な接地性を持ち込むこと」を主軸に据えてきた。(クライアントには御心労をお掛けしたが)それは最初から最後まで一貫して通してきたことである。しかし、この案では、「2階に接地性を持ち込むこと」が困難になってしまっている。原因としては、南側に大きな庭を設けたためどうしてもその狭い庭に面して諸々の部屋を作ってやりたくなってしまうのである。そうなると階段などは真っ先にその場から追い出され、「玄関を入ってからの連続性」を持った階段にしようと考えた(下の平面図はまさにその時の平面図である)。
そうなれば、玄関扉一枚を隔てて、外の道路と2階のリビングが繋がってしまう事になり、都合が悪い。
要するに『「道路に面した駐車場に見える玄関ドア」を開ければ、そのままリビングにつながっている』では、「遠景を引き寄せたリビング」に入ってゆく心の準備として不足する気がしたのだ。逆に言えば、「リビングから連続した階段を下りると、玄関扉に突き当たり、そこをあけると駐車場でした」では、リビングは外出着で過ごすべき空間なのか、パジャマで過ごしても良い空間なのか、住む人に混乱を与えてしまうであろう。
そうしたことは、この案ではとても解決できそうになかった。
解決へ向かって
建築家の青木淳さんが、「建築では、両立できないふたつの条件が矛盾として発見できたら、あとは答えを探すだけです」というようなことを言っていたし、建築家・故)林雅子も「建築の美しさはいつでももっとも単純な解決の中に潜んでいる」と言った。
わたしたちがそんな大先輩たちと肩を並べる仕事が出来ているとはとても思えないが、先輩たちの大きな足跡の末端に控えている私たちにさえ、恵みの雨は等しく降り注ぐ。矛盾する事柄が鬱積してくれば、鈍いわたしたちも「どうしても解決しなければならないことが目の前にあるのだ」ということが分かってくる。鬱屈して作業を続ける中で、わたしたちはもっとも単純なことを見つけ出した。
「みんなで、もういちど模型をいじってみよう」と声を掛け、めいめいが作業に取り掛かったが、10分もしないうちに、いとも簡単にひとつの模型が出来上がった。それを見た瞬間に誰もが納得をしたし、ずっと、それに近い場所をウロウロしてはいたのである。わたしたちよりもう少し頭の良い人だったら最初っからその答えを平然と見つけていたであろう案であった。それが「八木山の住宅」の基本設計のすべてである。その程度の簡単なことでしかない。
この平面図は、アイデアが出て、ほぼ一番最初に図面化した平面図である。2階にはパントリーもトイレもないし、何よりも1階の玄関が反対側についており、ゾーニングとして未完成である。しかし早晩、いろいろなことが解決するだろうという感触は得ていた。
結局、振り返って
結局、わたしたちがずっと見つけられずに悶々とし、最後の最後に出くわした事柄は何だったのか。
ひと言で言えば「遠景と近景をどう整理し、どう取り込むか」にまつわる事柄ではなかったかと思う。
設計当初からわたしたちは「2階に配置したリビングに(両隣の近景をカットした上で)南側の遠景を取り込む」ことを考えていた。クライアントからの要望でもあったし、わたしたちもそれが良かろうと考えた。しかし、もうひとつ、こうした郊外での生活にとって重要なことがある。近隣との関係性の取り方、近隣との距離の取り方といったことである。わたしたちはこのことを、通常扱う以上には取り上げておらず、最重要項目としては認知していなかった。しかし、設計の最初の段階で「2階に配置したリビングに(両隣の近景をカットした上で)南側の遠景を取り込む」ことを最重要項目とした以上、それと同時に近隣との関係(「近景」)もまた同時に最重要項目として取り上げるべきだったのである。
わたしたちは、最初の段階で「遠景を取り込む」ことと同時に、何故か「2階のリビングに接地性を確保する」ことを考え始めるが、わたしたちは、自分でも気付かないうちに、「近景」の重要さを認識していたのだと思う。普通であればこんな事は考えもしない。普通は「接地性を捨てて、2階の眺望を得る」ことを考える。しかし、わたしたちはその重要性を軽視していた。
要するには、「近景」に対応させる部分として1階をあてがい、きちんと対応する。敷地の対角線上に1階のボリュームを配置し、敷地をに分割し、片側を道路に開いて駐車場をきちんと設け、もう片側を道路に閉じてプライバシーのより高い庭とする。そうして1階に近景の対応をさせた末に、それを土台として、2階は遠景をリビングの中に導き入れることが出来る。
そして大きな階段は、機能(距離感?)の異なるふたつの空間の仲を取り持つ役割を担っている。
その後の展開
わたしたちは、「発見した骨組み」にしたがって、いろいろなことをクライアントと一緒に見つけていった。
外壁の素材構成は、こうである。
1階のボリュームは、近景に対応して配置しているのだから、1階の外壁は、地面に近い感じのする素材でつくりたい。逆に2階は「近景と縁を切って」「遠景を相手にしている」のだから、「1階とは縁の切れた素材」で構成したい。そしてそれぞれがひとつのきちんとしたカタマリとして認識できるようにしたい。そうして決まったのがこれらの素材である。
内部の仕上げ素材についてはこうである。
1階は「近景に対応して」配置されており、また、その近景には「外交的な性格の庭」と「プライバシーの高い庭」があり、それぞれ構成される基本色も違う。「外交的な性格の庭」は土間コンクリートなどのグレーであり、「プライバシーの高い庭」は植物の緑、である。その双方を際立たせることの出来る色は何か、と考え、1階の内装の基本色に「白色」を選択した。ただ、単調な空間になることを避けるために様々な種類の白を使っている。Pタイルの「反射する艶のある白」や、「ペンキの艶消しの白」「ベニアの木目を浮き出させた白」などである。
2階の内部素材は、1階と対極にある素材を使い、ガラリと場面転換をさせよう、と考えて材料を選択した。ラワンベニアをダークブラウンに塗装し、クライアントの北欧家具へのこだわりを損なわない空間にし、遠景を内部に効果的に引き込むことを意図した。1階と2階の素材のぶつかり合う階段部分は、素材の構成がドラマチックであり、楽しく仕上がっている。