正式名称:あいの実西田中COCOON EAST
医療的ケア児者のための未来の福祉施設。日本初「ヴィラ型ショートステイ」
■医療的ケア児(※)は全国に2万人いるとされ、10年前の約1.5倍に増加しています。また、医学の進歩に伴い、重い障がいがあっても寿命が延びることで、医療的ケアを必要とする人数はますます増えていきます。一方で、医療型ショートステイは全国的に不足しているという状況です。
■ショートステイ(短期入所)とは、自宅で介護を行っている方が病気などの理由で介護を行えない時や、介護者の休息のために預かりなどを行うサービスです。
■これまでの医療型ショートステイは病院に設置されることが多く、入院に近いものとなっています。また、医療的ケア児は頻繁に痰吸引等の世話を必要としますが、病院の看護スタッフが忙しい場合、必要な世話を受けられないことがあります。
■このサービスを利用するにあたり、医療的ケア児の家族は「良心のとがめを感じる」「病院の雰囲気の中で預かってもらうのがかわいそう」といったためらいを感じるため、「安心して預けられ、家にいるような雰囲気のショートステイをつくってほしい」という強い要望をいただいていました。
■今回開設した医療型ショートステイは福祉目線で企画しており、ご家族も滞在したくなるような空間を持った「ヴィラ型ショートステイ」と命名しています。診療所を併設し、これまでに培った医療的ケアの実績による安心と、病院よりも「宿泊施設」に近い、未来の医療型ショートステイを実現し、全国の医療型ショートステイのターゲットモデルとなることを目指しています。
社会福祉法人 あいの実 理事長 乾 祐子
専務理事 久保潤一郎
建築的説明/4つの機能、4つのにわ、4つの風除室
4つの機能: 『風をつなぎ森をめぐるヴィラ』は,4つの機能で構成されています。ひとつめは通所施設である生活介護棟,ふたつめは短期入所棟で,このふたつが施設の主要機能です。そしてそれらの施設利用者を衛生面で支える浴室棟,これら機能の維持に必要な人的側面を支える事務棟です。
4つのにわ: 「4つの機能」を環境・景観面で支え,いろどりを加えるのが「4つのにわ」です。竣工時には正面庭・中庭が完成しています。この庭に植栽された植物は近郊の雑木林から枝ぶりのいいものを採取してきた「やまどり」の樹々であり,地下支柱によって施工されています。残り2つの庭,ビオトープ庭園とカフェ棟は,二期工事として2023年度に建設予定です。
4つの風除室: 「4つの機能」と「4つのにわ」を多様な形で結ぶのが,4つの風除室です。庭を経由して他の棟に移動したり,ついふとした時に季節を感じたり,この施設に「内と外が一体になった回遊性」をもたらします。
こうした「風景をつなぎ,森をめぐる回遊性」がこの施設を利用する利用者・ご家族・スタッフの日常生活を豊かにしてくれることを願って計画しました。
都市建築設計集団/UAPP 手島浩之
正面外観/
正面のファサードデザインは,「中庭に抜ける透明感」を大きなコンセプトとしてデザインされています。
正面風除室/
前庭からは,ブリッジを渡って正面風除室にたどり着きます。
中庭/
正面風除室を抜けるとそのまま中庭に出ます。
地表には,苔などの地被類を配したのちに,山から集めてきた落ち葉を敷き詰めています。地表面の乾燥を防ぎ,周辺の山々の多様な樹々の種子が芽吹くことを期待しています。
ここには,近隣の雑木林がそのまま再現されます。
正面風除室/
施設内のすべての経路はバリアフリー経路で接続されています。しかし,それが空間的な単調さを生んでしまうケースが多くあり,ここでは,中庭や周囲の様々な風景をいろいろな高さから眺める工夫を空間に織り込んでいます。
生活介護室/
生活介護室は,両側の窓際に利用者さんの居場所を設けています。利用者さんの居場所は,天井を低くし「少し体が守られている感覚」になるよう空間デザイン上の配慮を行っています。
生活介護室からの中庭の眺めは,ちょうど車いすに座った目線の高さからよく見えるように中庭の地面レベルを設定しています。「車いすに座った目線の高さ」は,利用者さんや介助スタッフさんたちが日常的に一番目にする眺めです。
木毛セメント板の天井:利用者さんは仰向けの姿勢で天井を見ることが多く,まぶしさに配慮してダウンライトを用いていません。しかし介助スタッフさんには手元の照度が求められるため,その両立を図るために,間接照明を木毛セメント板の天井に当て,その反射光で手元の照度を確保しようとしています。
空調は,窓際の寒さ(コールドドラフト:窓からの風の吹きおろし)を考慮して,窓際の窓台に設けています。窓際から吹き出された空気が,天井上部に配置された吸い込み口から空調機会に戻されます。
南風除室/
南風除室は,生活介護棟と浴室棟,中庭と南側の眺望デッキを結びます。
南風除室から中庭に出る。ここを右に折れると,東風除室に至る。
この「南風除室の中庭に面する外部空間」には,「ひとが滞在できる軒下空間」を設けています。雨の日にここから雨の中庭を眺めるのも楽しいかなあ,などと考えていました。
浴室棟/
浴室棟は,「生活介護棟の利用者さん」と「短期入所棟の利用者さん」からの利用しやすさを最重要に考えて配置計画を行っています。それぞれから一直線で浴室棟に辿りつけます。
浴室棟廊下は多くの車いすが待機しすれ違っても支障のない広い寸法を確保しています。また,ハイサイドライトからの採光を行い,じめじめしない明るさにも配慮しています。
ふたつの機械浴室
短期入所棟/
医療型短期入所という少し特殊な施設の中心的な空間です。クライアントは「ヴィラ型ショートステイ」を標榜しています。冒頭にも掲載したようにこれまでの医療型短期入所は病院のような施設しかありませんでした。
「誰もが泊まりたくなるような素敵な空間を」目指しています。しかし,重度の障害を持った方が利用者さんの中心であるため,介護スタ府による手厚い見守りとそれによる安心感も重要な要素になります。その両立をどうするかが最大の焦点でした。
宿泊室の可動間仕切りを閉めると,個室感が確保できます。
北風除室/
北風除室は,短期入所棟と事務棟を結びます。下の写真の手前のデッキはビオトープ庭園に至るデッキです。写真の奥には中庭が見えます。
(下の写真)北風除室から中庭を見る。その向こうに南風除室が見える。南風除室の向こうには,遠景の山並みが見えます。
ギャラリー/
ギャラリーは,多目的な利用が想定され,広い空間巾が確保されています。
・利用者さんたちや多様なアーティストの作品を展示するスペースとしての活用
・利用者さんたちが,「ひなたぼっこ・日光浴」のために佇む空間として利用
・中庭活用のための,サッシュをフルオープンにした,外テラスとの一体的利用
クリニック/
「医療型短期入所」という特殊な施設を支えるのがこのクリニックです。このクリニックの存在が「医療と福祉の制度上のはざま」を埋めるため,医師が常駐しないものの,医療的なケアを受けることが出来ます。
眺望デッキ/
二期工事を予定している「カフェ(とはいえ実際には売店ですが…)」のための,屋外空間です。来放者はここで景色を眺めながら,コーヒーを楽しみます。
正面のデッキなど…/
正面の大きな軒下空間は,ハイエースで送迎される利用者さんを受け入れます。バックで施設に着けたハイエースの後方ハッチをフルに開けることが可能で,雨の日でも濡れずに施設に入れます。
軒天井は,杉板貼りです。
鳥瞰写真/
夜景/
平面図
施設概要
風をつなぎ、森をめぐるヴィラ
- 所在地/宮城県仙台市泉区西田中松下23
- 主要用途/児童福祉施設等(短期入所・生活介護)・事務所・診療所
- 建て主/社会福祉法人 あいの実
設計監理
- 意匠設計・監理/都市建築設計集団/UAPP
- 構造設計・監理/皆本建築工房 皆本功
- 機械設備設計/内外設備設計 高橋十悦
- 電気設備設計/アイワ企画事務所 高橋守
- 造園設計/作庭舎 上原啓吾
- 施工/株式会社 市村工務店
構造・構法
- 主体構造・構法 木造在来工法
- 基礎 地盤改良(タイガーパイル工法) べた基礎
規模
- 階数 地上2階
- 軒高:6200mm 最高高さ:6800mm
- 敷地面積:2791.47㎡
- 建築面積:801.35㎡ (建蔽率 28.70% , 許容 60%)
- 延床面積:765.15㎡ (容積率 28.08% , 許容 100%) 1階:669.09㎡ 2階:96.06㎡
工程
- 設計期間 2020年12月~2022年3月
- 工事期間 2022年04月~2023年3月