卒業のシーズンになるとあれこれと思い出すことが多くなります。学生のころは卒業設計に向けて必死で幾日も徹夜していましたし…,学生のあのやみくもな情熱っていったい何なんでしょうね。
私たちの世界の教育って実に不思議で,設計実務者と教育者って殆ど分かれてしまっています。大学の先生たちの中で建築の設計をしたことがない方のほうが圧倒的に多いくらいで…,
それがどうしてかというと…,特に国立大学はそうなんですが,大学のポジションを得るためには「博士(ドクター)」を取得してなければならない場合が多く,そのためには大学院から博士課程へと進学しなければ,なかなかそういう資格が取得できません。また,設計分野は社会科学の分野に近く,実験でデータを得て論文に出来る分野に比べて,ドクターの取得率がやたらと低いんです。
一方で,設計実務もちゃらちゃらとやって簡単に身に着くものでなく,何十年もかかってやっと一人前になるような専門性が求められます。
なので,20代の重要な時間を,設計実務に没頭するか,研究に没頭するかで大きく道が分かれてしまいその両方を両立できる人は,基本的にいないんです。
そういったこともあり,私は設計実務についてはプロでありますし自信もありますが,教育については全くと言っていいほど自信がなく,学生さんたちの思いにこたえられるような話ができる気がしないので,お声がけ頂いても引き受けないことにしています。
下の出来事は今でもよく思い出します。「設計実務のプロであり設計教育の素人である私」と,「情熱と失意にまみれる学生さんたち」のお話しです。
2011年01月26日『いい建築ってなんですか?』
最近、柄にも合わず、大学の「非常勤講師」なるものを引き受けてしまっております……。
内容は大学二年生の「設計製図」です。
今までは、こういった仕事や外に出て喋ること機会など、自分の設計以外の仕事はあまり積極的に引き受けることはしませんでした。なにせ、いったん引き篭もり始めると極度の面倒臭がりに成り下がってしまい、自分の設計以外のことは、本当にやりたくなくなってしまうんです……。挙句の果てについうっかり「大切なお時間をドタキャン」してしまうのではないかと、自分で自分が怖いんです…(笑)
……冗談はさておき、こう見えても学生のころまでは社交的で人前で喋るのは得意な方だったので、「人前でちゃらちゃら喋るのなんか、簡単なこと! ちょろい仕事なんか、やる気ゼロ」と高をくくっていたのです。
ところが、数年前から、どうしても人前に出て喋らざるを得ない場面も増え、やむを得ず出掛けてみると、イメージに反して、殆ど喋ることが出来ません。中途半端な自信があるのも災いして、最低限の準備さえもロクスッポして行かなかったんです。
何回かの挫折を繰り返し、「この欠点は数をこなして克服するしかない」と決意して、今「苦難の道行の真っ最中」って感じなんです。お話はすべてふたつ返事でお引き受けしております(笑)
というわけで、この設計製図の非常勤講師も引き受けてしまっているのですが、やってみると、これもまた生半可なもんじゃありません!!
設計も専門のプロじゃなければ、やっちゃマズイんでしょうけど、この「教える」ってことに関してもその筋の専門家でなければ、とてもじゃないですが理想に適うもんじゃありません。(と、思います)
しかし、まぁ、引き受けてしまったからには、とにかく一生懸命に自分が今まで学び取ったものを伝えようと思って奮闘しています。私が引き受けた課題は、彼らにとってふたつ目の設計課題であり、ということは建築設計に触れて「二、三ヶ月目」ってことです。そのころの自分がどうだったかなんて、どうあがいても思い出せません。「あ!こんなことも分かっているんだぁ」と思う瞬間もあれば、「二年生って、こんなことも知らなかったっけ」と思う場面も多々あり……、私としては、彼らの作ってきた模型や、説明する言葉に一生懸命、自分の思うままを「出来るだけ手加減せず(しかも分かりやすく)」喋っているつもりなんですが、
……自分の喋っている言葉がどの程度彼らに聞こえているのか、本当に自信がないんです。
ちなみに、この「自分の思うままを、出来るだけ手加減せず」が、一番重要だと、私自身は肝に銘じています。というのも、もし、設計を専業にしているものでなければ実感できない感覚に基づかず、建築設計についての一般的な物事に基づいて設計の指導を行うのであれば、私なんかよりも(大学の先生はもちろんのこと)大学院生や院卒の実務修行中の連中のほうがずっとうまく指導できる筈です。当然彼らは学生に推奨される設計について熟知していますし、学生の気持ちを分かってやれる、という意味も含めて、わたしたちよりずっと適任だと思います。
(教育のプロでもないくせに)わたしたちのようなものがつたない言葉で学生に接しているメリットは、ひとつだけ、だと思うのです。決して設計実務の感覚から離れずに、『(分かった風な)「建築設計的なもの」的な視点』に堕ちずに、建築家が本心から感じたことだけを伝えること、です。分かった風なことであれば、学生にでも、大学院生にでも言えます。少なくともそれとは一線を画し、「まじりっけのない」本当の言葉だけを喋ろう、伝わる・伝わらないに拘わらず、と考えているわけです。そうでなければ、教育のプロでもないわたしたち建築家が学生に何を教えるんでしょう?
というわけで、出来るだけやさしい言葉を選びつつも「内容に決して手を抜くまい」と決意しているわたしの言葉を、学生たちにどう聞こえているのか、本当に自信がないんです。
先日の「エスキス(学生の作業してきたものを個別指導することの建築用語です)」でもこんなやりとりがありました。
「先生。『いい設計』ってなんですか?」
彼は、ツカツカと早足で歩み寄ってきて、目の前に立ちはだかり見下ろして、言います。
急なことで、びっくりしていると、
「『いい設計』って、誰が決めるんですか? 先生が決めるんですか?」
彼は建築に憧れ、意気込んで建築学科に入学したものの、自分の思っていた世界と食い違っていることに戸惑い苛立っているんじゃないかと、思いました。もしかすると、最初の課題(このひとつ前の課題)では、思うような評価が先生から得られず、納得し切れていないのかもしれません。何かに対する不満と苛立ちが彼から溢れているような気がしました。
「『いい設計』ってなんですか?」
思い出してみると、学生のころの私も先生方にその質問をしまくっていました。
いろんな先生が本当に親切に、時に難しい言葉を並べて、時に数式らしきものを並べて(!)、『いい設計』について教えてくれました。いま思い返すと、親切にも先生がたが語ってくれた答えは「ある意味で」全て間違いでしたね(笑)。
大学を出て就職した当時,その建築家にも同じ質問をしたところ、即座にもっとも適切な答えをくれました。
「そんなこと、誰にも分かるわけ無いじゃないか!!!だから、誰もが必死で努力してんだろ!!『いい設計は何か?』の答えが分かったら、誰もこんなめんどくさい仕事しないよ!!」
……ある意味で「目からウロコ」でしたが、元も子もない、って感じです。その時には納得し切れませんでしたが、少なくとも、もうこんな質問をするのは止めよう、っていう気になりました(笑)
その時には、なんて面白みのない、知的でない答えだろう、と思ったのですが、今となってみると自分の本心を包み隠さず言ってくれた答えは、アレだけでした。教育の専門家である先生たちと、今まさにその問題に挑んでいる建築家では答えが違って当然です。「平和とは何か」って弟子たちに教え諭す宗教家と平和を勝ち取るために奮闘する平和活動家では、発する答えはまるで違うのでしょう。
私は答えを求める学生に、こういう言葉を返してやりたいんです。
今の私だとこう言います。
『いい設計は何か?』って質問に、答えられる建築家はひとりもいないよ。何千年前から今までもひとりもいなかったし、これから先にどんな大天才が出てきても、絶対に答えられないと思う。
でも、もし誰かが『いい設計』をしたら、それは誰から見ても『いい設計』なんだよ。
それが、建築がただの単なる技術じゃなくって、芸術であることの証拠でもあるんだよ。
……ちょっとしたきっかけで、ひょんなことから『いい設計』が生まれると、同時代のみんなから、「あれはいい建築だねぇ」っていわれるし、千年前の建築家が見てもそれを『いい設計』だって言う。千年後の建築家が見たって『いい設計』だって言うんだよ。千年後の建築家から見ると今の技術なんか稚拙でお話にならなくても、それは単に技術の話だけであって、『いい設計』っていう評価は変わらないと思うよ……。これは建築に限らず芸術としての要素を持つ営みのすべてについて、言えることだけどさ。
ただ、分かるようになるまでちょっとだけ努力が要る。
音楽だって、同じでしょ。
赤ちゃんの時に喜んで聴いていた歌じゃぁ物足りなくなって歌謡曲を聴き始め、歌謡曲が馬鹿馬鹿しくなって、クラッシックを聴いたり、ロックを聴いたり、ジャズを聴いたり……、いつの間にか『聴き方』を勉強しているんだよ。建築も『見方』を習得するまでに少しだけ努力が要る。それが分かれば私の言うことが理解できるはずだよ。
それが分かるまでのもう少しのあいだ、黙って勉強しなさい!!
そうすれば、あなたも千年前の建築家の横に並んで、「あの建築はいい」「この建築のここはいただけないよねぇ」って言い合えるようになるんだよ。
「わかりました」って小さく答えて、ぷいっとむこうを向いちゃったけど、20年後に何か気付いてくれればいいかなぁ、と、思うわけです。
(月)
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